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2009年2月27日星期五

【转帖】蛋

多年以前崔哥唱《红旗下的蛋》,多年以后村上春树说“我会永远站在蛋这一边”。崔哥是我敬仰的歌手,现在的孩子们不会理解;村上也是我喜欢的小说家,尽管他的作品在大陆被林氏翻译得很走样,尽管我学日语专业的徒弟说他是个猥琐怪蜀黍,我还是很喜欢他写的东西。今天读完这篇他的演讲,我开始喜欢他这个人了。


【转载者按】村上春树于2月22日前往以色列接受耶路撒冷文学奖。在他动身之前,以色列进攻加沙地带,攻击哈马斯组织。因为这个缘故,许多人劝说村上春树不要去以色列,甚至表示如果他去了的话,就会抵制他的书。可是,村上春树还是去了,并且在那里发表了一次讲演。

博客BTR(鼻涕人)根据以色列《Haaretz》报上刊登的演讲内容,翻译为中文。

作者:鼻涕人《看得见风景的房间》
来源:
村上春树:永远在蛋这一边(上)
村上春树:永远在蛋这一边(下)

《永远在蛋这一边》高くて、固い壁があり、それにぶつかって壊れる卵があるとしたら、私は常に卵側に立つ
村上春树

今天我作为一个小说家来到耶路撒冷,也就是说,作为一个职业撒谎者。

当然,并不只有小说家才撒谎。政治家也做这个,我们都知道。外交官和军人有时也说他们自己的那种谎,二手车销售员、肉贩和建筑商也是。但小说家的谎言与其他人的不同,因为没有人会批评小说家说谎不道德。甚至,他说的谎言越好、越大、制造谎言的方式越有独创性,他就越有可能受到公众和评论家的表扬。为什么会这样呢?

我的回答会是这样:即,通过讲述精巧的谎言——也就是说,通过编造看起来是真实的虚构故事——小说家能够把一种真实带到新的地方,赋予它新的见解。在多数情况下,要以原初的形态领会一个事实并准确描绘它,几乎是不可能的。因此我们把事实从它的藏身之处诱出,将之转移到虚构之地,用虚构的形式取而代之,以试图抓住它的尾巴。然而,为了完成这点,我们必须首先厘清在我们之中真实在哪儿。要编造优秀的谎言,这是一种重要的资质。

不过,今天我不打算撒谎。我会努力尽可能地诚实。一年里有几天我不说谎,今天碰巧就是其中之一。

所以让我告诉你们一个事实。很多人建议我不要来这儿领取耶路撒冷奖。有些人甚至警告我,如果我来,他们就会策划抵制我的书。

此中的原因,当然是肆虐于加沙地区的激烈战争。联合国报道,有超过一千多人在被封锁的加沙城内失去了生命,其中不少是手无寸铁的公民——孩子和老人。

收到获奖通知后,我多次问自己,是否要在像这样的时候到以色列来,接受一个文学奖是不是合适,这是否会造成一种印象,让人以为我支持冲突的某一方,以为我赞同某国决意释放其压倒性军事力量的政策。当然,我不愿予人这种印象。我不赞同任何战争,我不支持任何国家。当然,我也不想看见我的书遭到抵制。

然而最终,经过仔细考虑,我下定决心来到这里。我如此决定的原因之一是,有太多人建议我不要来。或许,就像许多其他小说家,对于人们要我做的事,我倾向于反其道而行之。如果人们告诉我——尤其当他们警告我——“别去那儿,”“别做那个,”我就倾向于想去那儿,想做那个。你们或许可以说,这是我作为小说家的天性。小说家是异类。他们不能真正相信任何他们没有亲眼看过、亲手接触过的东西。

而那就是我为什么在这儿。我宁愿来这儿,而非呆在远处。我宁愿亲眼来看,而非不去观看。我宁愿向你们演讲,而非什么都不说。

这并不是说我来这儿,是来传达政治讯息的。当然,做出是非判断是小说家最重要的职责之一。

然而,把这些判断传达给他人的方式,要留给每个作家来决定。我自己宁愿把它们转化为故事——趋向于超现实的故事。因此今天我不打算站在你们面前,传达直接的政治讯息。

但请你们允许我发表一条非常私人的讯息。这是我写小说时一直记在心里的东西。我从未郑重其事到把它写在纸上,贴到墙上:而宁愿,把它刻在我内心的墙上,它大约如此:

“在一堵坚硬的高墙和一只撞向它的蛋之间,我会永远站在蛋这一边。”

对,不管墙有多么正确,蛋有多么错,我都会站在蛋这一边。其他人会不得不决定,什么是对,什么是错;也许时间或历史会决定。如果有一个小说家,不管出于何种理由,所写的作品站在墙那边,那么这样的作品会有什么价值呢?

这个隐喻的涵义是什么?有些情况下,它实在太简单明白了。轰炸机、坦克、火箭和白磷炮弹是那坚硬的高墙。蛋是那些被碾碎、被烧焦、被射杀的手无寸铁的平民。这是该隐喻的涵义之一。

可这不是全部。它有更深刻的涵义。这样来想。我们每个人,或多或少,都是一个蛋。我们每个人都是一个独特的、无法取代的灵魂,被包裹在一个脆弱的壳里。我是如此,你们每一个人也是。而我们每个人,多多少少都面对着一堵坚硬的高墙。这堵墙有个名字:它叫体制(The System)。体制应该保护我们,但有时,它不再受任何人所控,然后它开始杀害我们,及令我们杀害他人---无情地,高效地,系统地。

我写小说只有一个理由,那就是使个人灵魂的尊严显现,并用光芒照耀它。故事的用意是敲响警钟,使一道光线对准体制,以防止它使我们的灵魂陷于它的网络而贬低灵魂。我完全相信,小说家的任务是通过写作故事来不断试图厘清每个个体灵魂的独特性---生与死的故事,爱的故事,使人哭泣、使人害怕得发抖和捧腹大笑的故事。这就是为什么我们日复一日,以极其严肃的态度编造着虚构故事的原因。

我的父亲去年去世,享年九十。他是位退休教师,兼佛教僧人。读研究院时,他应征入伍,被派去中国打仗。我是战后出生的孩子,经常看见他每日早餐前,在家里的佛坛前长时间虔诚地祈祷。有一次,我问他为什么这样做,他告诉我他是在为那些在战争中死去的人们祈祷。

他说,他为所有死去的人祈祷,无论敌友。我凝视着他跪在祭坛前的背影,似乎感到死亡的阴影笼罩着他。

我的父亲死了,他带走了他的记忆,我永远不可能了解的记忆。但潜藏在他周围的死亡气息却留在了我自身的记忆里。这是少数几样我从他那儿承继下去的东西之一,其中最重要的之一。

今天我只希望向你们传达一件事。我们都是人类,都是超越国籍、种族、宗教的个体,都是脆弱的蛋,面对着一堵叫作“体制”的坚硬的墙。显然,我们没有获胜的希望。这堵墙太高,太强---也太冷。假如我们有任何赢的希望,那一定来自我们对于自身及他人灵魂绝对的独特性和不可替代性的信任,来自于我们灵魂聚集一处获得的温暖。

花点时间想一想这个吧。我们每个人都拥有一个真实的、活着的灵魂。体制没有这种东西。我们一定不能让体制来利用我们。我们一定不能让体制完全失去控制。体制没有造就我们,我们造就了体制。

那就是所有我要对你们说的话。

我很荣幸获得耶路撒冷奖。我很荣幸我的书正被世界上许多地方的人们阅读着。我也很高兴今天有这机会向你们演讲。

(完)

こんばんは。わたしは今日、小説家として、つまり嘘を紡ぐプロという立場でエルサレムに来ました。

今天我作为一个小说家来到耶路撒冷,也就是说,作为一个职业撒谎者。

もちろん、小説家だけが嘘をつくわけではありません。よく知られているように政治家も嘘をつきます。車のセールスマン、肉屋、大工のように、外交官や軍幹部らもそれぞれがそれぞれの嘘をつきます。しかし、小説家の嘘は他の人たちの嘘とは違います。小説家が嘘を言っても非道徳的と批判されることはありません。それどころか、その嘘が大きければ大きいほど、うまい嘘であればいっそう、一般市民や批評家からの称賛が大きくなります。なぜ、そうなのでしょうか?

当然,并不只有小说家才撒谎。政治家也做这个,我们都知道。外交官和军人有时也说他们自己的那种谎,二手车销售员、肉贩和建筑商也是。但小说家的谎言与其他人的不同,因为没有人会批评小说家说谎不道德。甚至,他说的谎言越好、越大、制造谎言的方式越有独创性,他就越有可能受到公众和评论家的表扬。为什么会这样呢?

それに対する私の答えはこうです。すなわち、上手な嘘をつく、いってみれば、作り話を現実にすることによって、小説家は真実を暴き、新たな光でそれを照らすことができるのです。多くの場合、真実の本来の姿を把握し、正確に表現することは事実上不可能です。だからこそ、私たちは真実を隠れた場所からおびき出し、架空の場所へと運び、小説の形に置き換えるのです。しかしながら、これを成功させるには、私たちの中のどこに真実が存在するのかを明確にしなければなりません。このことは、よい嘘をでっち上げるのに必要な資質なのです。

我的回答会是这样:即,通过讲述精巧的谎言——也就是说,通过编造看起来是真实的虚构故事 ——小说家能够把一种真实带到新的地方,赋予它新的见解。在多数情况下,要以原初的形态领会一个事实并准确描绘它,几乎是不可能的。因此我们把事实从它的藏身之处诱出,将之转移到虚构之地,用虚构的形式取而代之,以试图抓住它的尾巴。然而,为了完成这点,我们必须首先厘清在我们之中真实在哪儿。要编造优秀的谎言,这是一种重要的资质。

そうは言いながらも、今日は嘘をつくつもりはありません。できる限り正直になります。嘘をつかない日は年にほんのわずかしかないのですが、今日がちょうどその日に当たったようです。

不过,今天我不打算撒谎。我会努力尽可能地诚实。一年里有几天我不说谎,今天碰巧就是其中之一。

真実をお話しします。日本で、かなりの数の人たちから、エルサレム賞授賞式に出席しないように、と言われました。出席すれば、私の本の不買運動(ボイコット)を起こすと警告する人さえいました。これはもちろん、ガザ地区での激しい戦闘のためでした。国連の報告では、封鎖されたガザ市で1000人以上が命を落とし、彼らの大部分は非武装の市民、つまり子どもやお年寄りであったとのことです。

所以让我告诉你们一个事实。很多人建议我不要来这儿领取耶路撒冷奖。有些人甚至警告我,如果我来,他们就会策划抵制我的书。此中的原因,当然是肆虐于加沙地区的激烈战争。联合国报道,有超过一千多人在被封锁的加沙城内失去了生命,其中不少是手无寸铁的公民——孩子和老人。

受賞の知らせを受けた後、私は何度も自問自答しました。このような時期にイスラエルへ来て、文学賞を受けることが果たして正しい行為なのか、授賞式に出席することが戦闘している一方だけを支持しているという印象を与えないか、圧倒的な軍事力の行使を行った国家の政策を是認することにならないか、と。私はもちろん、このような印象を与えたくありません。私は戦争に反対ですし、どの国家も支持しません。もちろん、私の本がボイコットされるのも見たくはありません。

收到获奖通知后,我多次问自己,是否要在像这样的时候到以色列来,接受一个文学奖是不是合适,这是否会造成一种印象,让人以为我支持冲突的某一方,以为我赞同某国决意释放其压倒性军事力量的政策。当然,我不愿予人这种印象。我不赞同任何战争,我不支持任何国家。当然,我也不想看见我的书遭到抵制。

しかしながら、慎重に考慮した結果、最終的に出席の判断をしました。この判断の理由の一つは、実に多くの人が行かないようにと私にアドバイスをしたことです。おそらく、他の多くの小説家と同じように、私は人に言われたことと正反対のことをする傾向があるのです。「行ってはいけない」「そんなことはやめなさい」と言われると、特に「警告」を受けると、そこに行きたくなるし、やってみたくなるのです。これは小説家としての私の「気質」かもしれません。小説家は特別な集団なのです。私たちは自分自身の目で見たことや、自分の手で触れたことしかすんなりとは信じないのです。

然而最终,经过仔细考虑,我下定决心来到这里。我如此决定的原因之一是,有太多人建议我不要来。或许,就像许多其他小说家,对于人们要我做的事,我倾向于反其道而行之。如果人们告诉我——尤其当他们警告我——“别去那儿,”“别做那个,”我就倾向于想去那儿,想做那个。你们或许可以说,这是我作为小说家的天性。小说家是异类。他们不能真正相信任何他们没有亲眼看过、亲手接触过的东西。

というわけで、私はここにやって参りました。遠く離れているより、ここに来ることを選びました。自分自身を見つめないことより、見つめることを選びました。皆さんに何も話さないより、話すことを選んだのです。

而那就是我为什么在这儿。我宁愿来这儿,而非呆在远处。我宁愿亲眼来看,而非不去观看。我宁愿向你们演讲,而非什么都不说。

ここで、非常に個人的なメッセージをお話しすることをお許しください。それは小説を書いているときにいつも心に留めていることなのです。紙に書いて壁に貼ろうとまで思ったことはないのですが、私の心の壁に刻まれているものなのです。それはこういうことです。

但请你们允许我发表一条非常私人的讯息。这是我写小说时一直记在心里的东西。我从未郑重其事到把它写在纸上,贴到墙上:而宁愿,把它刻在我内心的墙上,它大约如此:

「高くて、固い壁があり、それにぶつかって壊れる卵があるとしたら、私は常に卵側に立つ」ということです。

“在一堵坚硬的高墙和一只撞向它的蛋之间,我会永远站在蛋这一边。”

そうなんです。その壁がいくら正しく、卵が正しくないとしても、私は卵サイドに立ちます。他の誰かが、何が正しく、正しくないかを決めることになるでしょう。おそらく時や歴史というものが。しかし、もしどのような理由であれ、壁側に立って作品を書く小説家がいたら、その作品にいかなる価値を見い出せるのでしょうか?

对,不管墙有多么正确,蛋有多么错,我都会站在蛋这一边。其他人会不得不决定,什么是对,什么是错;也许时间或历史会决定。如果有一个小说家,不管出于何种理由,所写的作品站在墙那边,那么这样的作品会有什么价值呢?

この暗喩が何を意味するのでしょうか?いくつかの場合、それはあまりに単純で明白です。爆弾、戦車、ロケット弾、白リン弾は高い壁です。これらによって押しつぶされ、焼かれ、銃撃を受ける非武装の市民たちが卵です。これがこの暗喩の一つの解釈です。

而以上比喻的意义何在?有些情况下,这些意义只是太简单、太清晰了。炸弹和坦克和飞弹和白磷弹就是那面高墙。而那些鸡蛋就是那些手无寸铁的平民,他们被炮弹粉碎、烧毁、击中。这是这比喻的一层意味。

しかし、それだけではありません。もっと深い意味があります。こう考えてください。私たちは皆、多かれ少なかれ、卵なのです。私たちはそれぞれ、壊れやすい殻の中に入った個性的でかけがえのない心を持っているのです。わたしもそうですし、皆さんもそうなのです。そして、私たちは皆、程度の差こそあれ、高く、堅固な壁に直面しています。その壁の名前は「システム」です。「システム」は私たちを守る存在と思われていますが、時に自己増殖し、私たちを殺し、さらに私たちに他者を冷酷かつ効果的、組織的に殺させ始めるのです。

然而这不是全部。它还有更深的含义。试着这样想:我们每一个人,都或多或少地,是一枚鸡蛋。我们每一个人都是一个独特的、不可替代的灵魂,而这灵魂覆盖着一个脆弱的外壳。这就是我自己的真相,而且这也是你们每一个人的真相。而且我们每一个人,程度或轻或重地,都在面对着一面高大的、坚固的墙。而这面墙有一个名字:它的名字叫做“体制 ”。这个体制本来应该保护我们,但是有时候它有了生命,而这时它开始杀死我们,并且怂恿我们互相残杀——冷血地、有效地、系统性地残杀。

私が小説を書く目的はただ一つです。個々の精神が持つ威厳さを表出し、それに光を当てることです。小説を書く目的は、「システム」の網の目に私たちの魂がからめ捕られ、傷つけられることを防ぐために、「システム」に対する警戒警報を鳴らし、注意を向けさせることです。私は、生死を扱った物語、愛の物語、人を泣かせ、怖がらせ、笑わせる物語などの小説を書くことで、個々の精神の個性を明確にすることが小説家の仕事であると心から信じています。というわけで、私たちは日々、本当に真剣に作り話を紡ぎ上げていくのです。

我写作小说只有一个原因,而那就是为了使个体灵魂的尊严彰显,并且闪闪发光世人可见。一个故事的目的是敲响一个警钟,是燃亮灯火不灭,从而令在体制之中的我们的灵魂不至迷陷于体制的巨网,不至于被体制损害。我真的相信小说作者的工作就是通过写作不断地去尝试将个体灵魂的独特性澄清——那些关于生与死的故事,那些关于爱的故事,那些让人们落泪、并且因恐惧而战栗、因大笑而颤抖的故事。这就是我们继续着的原因,一天又一天,用极致的严肃捏造着虚幻的小说。

私の父は昨年、90歳で亡くなりました。父は元教師で、時折、僧侶をしていました。京都の大学院生だったとき、徴兵され、中国の戦場に送られました。戦後に生まれた私は、父が朝食前に毎日、長く深いお経を上げているのを見るのが日常でした。ある時、私は父になぜそういったことをするのかを尋ねました。父の答えは、戦場に散った人たちのために祈っているとのことでした。父は、敵であろうが味方であろうが区別なく、「すべて」の戦死者のために祈っているとのことでした。父が仏壇の前で正座している輝くような後ろ姿を見たとき、父の周りに死の影を感じたような気がしました。

我的父亲去年以九十高龄去世了。他是名退休的教师,兼一名业余的僧人。当他在京都学校毕业后,他被征选进了军队,派送至了中国。我作为战后的一代,每天清晨早饭之前都会看到他在我家那个小小的佛坛前虔诚地念经、久久地晨诵。有一次我问他为什么要这样做,他告诉我他在为那些战争中死去的人们祈祷。他在为那些战争中死去的人们祈祷,不论己方和敌方。看着他跪在佛坛前的背影,我似乎感觉到一片死亡的阴影在他的上方盘旋。

父は亡くなりました。父は私が決して知り得ない記憶も一緒に持っていってしまいました。しかし、父の周辺に潜んでいた死という存在が記憶に残っています。以上のことは父のことでわずかにお話しできることですが、最も重要なことの一つです。

我父亲去世了,而他的记忆也随之而去,那些记忆我将永远也不会知道。而那潜伏于他周身的死亡气息则停留在了我的记忆之中。这是我从他那里得到的少数东西之一,并且是其中最重要的一个。

今日、皆さんにお話ししたいことは一つだけです。私たちは、国籍、人種を超越した人間であり、個々の存在なのです。「システム」と言われる堅固な壁に直面している壊れやすい卵なのです。どこからみても、勝ち目はみえてきません。壁はあまりに高く、強固で、冷たい存在です。もし、私たちに勝利への希望がみえることがあるとしたら、私たち自身や他者の独自性やかけがえのなさを、さらに魂を互いに交わらせることで得ることのできる温かみを強く信じることから生じるものでなければならないでしょう。

我今天只有一个讯息希望传达给你们。那就是我们都是人类,是超越了国籍种族和信仰的个体,并且我们都是面对着名为体制的坚固墙体的脆弱的鸡蛋。照一切看来,我们没有赢的胜算。墙太高大了,太强大的——而且太冷酷了。如果我们还有一点点胜利的希望,那么它将来自于我们对于自己的和其他人的灵魂当中的那种极致的独特行和不可替代性的信念,来自于对于我们从灵魂的联合所获得的那种温暖的信念。

このことを考えてみてください。私たちは皆、実際の、生きた精神を持っているのです。「システム」はそういったものではありません。「システム」がわれわれを食い物にすることを許してはいけません。「システム」に自己増殖を許してはなりません。「システム」が私たちをつくったのではなく、私たちが「システム」をつくったのです。これが、私がお話ししたいすべてです。

请花一点点时间想想这个。我们每一个人都拥有一副脆弱的、但活生生的灵魂。而体制一无所有。我们一定不能任由体制去剥削我们。我们一定不能允许体制有它自己的意志。因为体制并不创造我们:是我们创造了体制。这就是我全部想说的。

「エルサレム賞」、本当にありがとうございました。私の本が世界の多くの国々で読まれていることはとてもうれしいことです。イスラエルの読者の方々にお礼申し上げます。私がここに来たもっとも大きな理由は皆さんの存在です。私たちが何か意義のあることを共有できたらと願っています。今日、ここでお話しする機会を与えてくださったことに感謝します。ありがとうございました。

我非常荣幸能够被授予耶路撒冷文学奖。我非常荣幸我的书被世界上那么多地方的人所阅读。而且我非常想对以色列的读者们表达我的感激。你们是我来到这里的最大动因。而且我希望我们分享了一些东西,一些充满了意义的东西。我非常高兴今天在这里有这个机会与你们对话。非常感谢。

2007年3月19日星期一

体制外天才

昨天下午有个匿名网友在我的旧贴上留言,对一道我已经放弃的问题给出了答案:

http://geoxia.blogspot.com/2007/02/blog-post_09.html#comments

这答案我在纸上比划了5分钟才搞懂。扪心自问把我关进拘留所里给我纸笔,一整天也想不出这样的解法。少年时经历了多次竞赛和考试之后,我清楚地知道自己不是个数学天才。感谢上帝,我没有天才的苦恼。

小花牛一篇 影评 把我引到了这部电影《Good Will Hunting/心灵捕手》。给小花牛骂得体无完肤的编剧其实是大帅哥马特戴蒙本人。那年他27岁,自编自演,不管多么肤浅至少说明他不是个花瓶,这就比很多 himbo 强多了。

这是一个关于体制外天才的故事。一个在 MIT 抡拖把打扫卫生的小伙儿,居然解出了除了教授本人无人能解的数学题:


题目我没看懂,可能出于剧情需要黑板上的只是一些糊弄外行的涂鸦。

天才给出的解答更看不懂:


这回把我关在大牢里10年,我的答案还是那个----“不知道”

同样出于剧情需要,上图中的教授是菲尔德奖的获得者(在 MIT 这样的名校,这样的人肯定不缺)。难得的是编剧居然知道诺贝尔没有数学奖(据说是因为诺贝尔老婆跟一个数学家跑了(彻底改变了我对数学家死板的看法))。

不管怎么说,在如今这个马路上贴满办证广告,处处看学历文凭,处处讲出身门第的今天,一个体制外的英雄想要得到和体制内的庸才一样的待遇,需要更多的天才或努力。倍受歧视、冷眼、不公,对自己的认知,对社会的反抗,幸运的是,剧中的主角 Will 运气特别好:一个知人善任的教授、一个通达人生的心灵导师、一个体贴包容的女友、一群无私付出的朋友,再加上天才的头脑和万人迷的面孔。MD你怎么不被天上掉下来的馅饼砸死。

联想到历史上或小说里其它几个同样遭遇的人:

1、《倚天屠龙记》中少林寺的火工头陀。最终反出少林,自立门户,仇视师门并伺机报复。

2、禅宗六祖慧能。

年轻的他参拜弘忍大师(达摩第五代传人)学法。慧能初见弘忍,弘忍便问他:“你是那里人? 来这里求取什么 ?”慧能回答:“弟子世岭南人,来到这里不求其它,只求‘作佛’。”弘忍听了仍随口说:“你世岭南人,哪里能‘作佛’! ”慧能回答:“人有南北之分,‘佛性’并无南北之分。”(geo注:经典的对体制的挑战)这才使弘忍微微吃惊。

慧能的回答使弘忍不便回绝,就安排他随众劳动,在碓房舂米。慧能乐于从命,终日舂米,干得欢快。当时弘忍的徒众有700人。在慧能入寺八个月之后,弘忍命各人呈上一首偈语,这实际上是一场考试,他要选择继承人。但慧能没资格参加,因为他是干杂事的。神秀是众僧中的的上座和尚,他在半夜三更时分,独自掌灯,在佛堂的南廊写下一偈:

「身是菩提树,心如明镜台,时时勤拂拭,莫使有尘埃。」

清晨时,弘忍见到此偈后漠然不语,慧能闻声来到廊下,他要求也做一偈,得到许可,于是他高声念道﹕

「菩提本无树,明镜亦非台,本来无一物,何使惹尘埃。」

弘忍看到是慧能,就叫他退下,第二天弘忍把慧能给叫去,为慧能讲经又把世代相传的法衣交给他正式传他为禅宗六祖,并为他的安全着想,亲自送他到江州的渡口,吩咐他非要到必要的时机,不要把自己是禅宗六祖的身分讲出来,免得有禅宗的僧人来争夺。慧能来到岭南,渡过了15年的隐居生活。在唐高宗年间(676年),在广州遇到印宗法师,印宗法师为他剃发,授戒geo注:最终还是选择向体制妥协)。至此,慧能才算是正式的僧人,在此之前只是「行者」。

3、伟大领袖毛主席。

一年多前的《李敖有话说》里展示了一张毛泽东年轻时在北大的照片。那年他才20多岁,照片中有很多和他一样年轻的北大学子。 和如今教育产业化大旗下名为大学实为技工培训所的“高等学府”不同,那时的大学生肩负着国家和民族的期望。

照片中的他们正要去欧洲留学,以期回来报效祖国。而同样年轻的毛泽东,是一个图书管理员,一个工友,轮不到他,他没有机会。看着同龄人有机会出国留洋见世面,那时的毛泽东是怎样的心情,从照片中我们无从理解。可几十年后改变了中国的是他,而不是那些留洋的正牌北大人。

转贴一张 mic 的照片,名曰《体制外》:




2007年2月1日星期四

[转贴] 国外玩家和我们的区别

  外国人眼里中国玩家的游戏观先声明一点:不是我写的,外国人写的,也可以说是现在外国人对我们的认识吧~,不同意文章观点的不要骂我,我只是转一下而已

  西方国家与中国的鲜明对比就在于,中国的社会主义体制,一个在共产党领导下的社会。她就象一只羚羊,在以极快的速度赶超在她之前的发达国家,也许不久 之后中国人就能向世界证明社会主义确实比资本主义要好,而且要好的多。公有制是中国社会主义的一个特点,它使得中国政府能够调动全国的人力物力财力来完成 任何一个西方国家不可能完成的工程,比如说三峡大坝,即使微软公司也无法动用如此多的资金和设备。而与此同时,他们稀少的就业岗位和庞大的人口,使得中国 的每一个人都必须不断完善自己的能力来谋求一份能够养家糊口的工作。

  在游戏中,这似乎颠了个倒。在诸如美国等国家的游戏世界中,以下以《魔兽世界》举例。RAID活动中所有的战利品都是公有的,团长(或议会)会根据公 会的发展前途来分配装备。比如在由40个正规团员和10—15名后备团员组成的团队中,有一个10人或15人组成的议会,而议员是由所有成员选举产生的, 这个议会会在新的一周开始前根据作战计划和首领掉落装备列表将每一件装备精确地分配给每一位成员。像纳克萨玛斯这种副本,在某个星期的计划之中的装备共有 80多件,每个团队成员都可以分到一件以上的装备。当然这是在这些装备被开出来的情况下。这种做法避免了团员之间由于装备引发的争吵,议会的计划分配也绝 对有利于团队的前途。这似乎已经形成了一种共产主义,团队之中已经没有DKP的说法了。事实上很多公会很早以前就已经取消了DKP。

  再来看看中国的魔兽世界。中国的玩家仍在以DKP的形式获取装备,一场RAID活动中无论你的表现如何,只要没有重大的错误,所有成员都可以获得数值 相同的DKP。团队中认真做好本职工作的和混日子的拿相同的DKP——这似乎是一种平均主义,这极大的降低了认真游戏的玩家的积极性,而最终后果就是大家 都在混日子——凭什么要我帮他们干活,这导致了团队整体作战实力停滞不前,甚至大不如前。从中国发回的录象资料中可以看出来,玩家们所思考的大都是如何获 得更多的DKP和如何用最低的DKP拿到更好的装备,如果自己的DK被算低或自己装备竞争者的DKP被算高,则他们会全力向工会管理者反映,相反,他们不 会有任何动作。他们千方百计抬高与自己竞争玩家获得装备所需要的DKP,同时通过与其他玩家谈判降低自己获得装备所需要的DKP,至有出现个人矛盾而扩大 到公会内部矛盾,最终导致公会的崩溃。所以这样的装备分配并不会达到资源的最大利用,而且是个人劳动的浪费,团队的整体水平也无法有效地短时间提升——中 国公会的人员流动行相当大,拿了装备跳槽去别的公会是非常正常的。这与西方资本主义国家的资本积累阶段非常相似,那时候资本家正在考虑的问题和中国的玩家 惊人的相似:如何获得更多的资金,和如何用更少的资金获得更多的商品,而后果就是货币的贬值与金融风暴。

  还有一种装备获得形式,那就是金团。金团在西方WOW中也曾短时间出现过,但现在似乎已经绝迹了,金团已经转化成了为无法参加RAID活动者提供的一 种义务服务,参加者只需要交纳50个左右的金就可以加入并分享装备,如果活动结束没有给予其装备,这些钱将会被退回。但与中国不同,这些团队一般由35名 到38名公会RAID团成员组成,其余的为参与者。组成团队的原则就是保证所有参与者都有可能获得一份免费的装备。中国现在所盛行的金团则没有太多的规 定,只要职业搭配合理就可以组成团队,活动中所出的任何一件优秀以上的装备都会以金的形式拍卖。而如果没有人为一件装备出金,那么大部分情况下它会被摧 毁,以示公正。这在美国几乎是不可能在,即使送给一个新手或一个穷人,都会比摧毁要强的多。这又与垄断资本主义非常相似:资本家宁愿将过剩的牛奶倒入河 中,也不会将它分发给穷人。

  当然,我这并不是在有意说明中国的玩家素质低下,这与中国当地的玩家群体有很大的关系。他们大都是学生或上班族,没有固定的空闲时间或没有固定收入, 所以他们的上线情况会很不稳定,他们都希望充分利用这点有限的空闲时间,来获得最大的效益——在中国,战场多数情况下用来“刷”的,而劝阻刷战场的玩家通 常会遭到猛烈的抨击。而由于上线请况的不稳定,装备也无法实现计划分配。为笔者提供中国地区录象的中国同事所在的公会只有1个固定的团队,但前后1年参与 过这个团队的人数总和超过了250人,显然他们只能使用DKP来获得装备而没有别的选择,如果采取了计划配给制其后果恐怕就是解散公会。他们也有固定团员 与后备团员的区别,但团长组织活动的原则基本还是先到先组,后来的只能在副本门口“待命”。这就是为什么中国人总不能以世界第一的身份DOWN掉一个首 领,他们为了提高效率,只能参照前人所留下来的攻略,而不是自己制定出一套专门的战术。这导致了一个恶性循环,越来越不愿意亲自尝试新的首领,所以战术制 定水平,应急水平,应变能力都越来越低,而显而易见地,这些能力越低也就越难杀掉一个首领。他们非常认同中庸之道,如果服务器中其他比自身强大的公会没有 打掉某个有难度的首领,他们就不会浪费时间去尝试。他们会不约而同地认为自身的装备和水平并没有达到这个首领的水平,而其实在纳克萨玛斯前的40人副本看 重的只是战术,操作与配合。有的中国的玩家可能也会认识到以上各点,但目前,似乎还无法改变这一现状。

  以上的感受在观看由中国发回的录象时越来越强烈,特别是刚收到的9月与10月的游戏录象——我的中国同事所在的公会还在纳克萨玛斯中曲折缓慢地前进 ——他们对纳克萨玛斯极大的操作,意识和配合要求可能感觉有些突然和无法适应。相反,远在欧洲的其他兄弟们已经杀掉了阿尔塞斯的副官---克尔苏加德。